いのちの広がりと高まりこそが原子力を超えていく

 東北地方太平洋沖地震は、それはそれは大変な未曾有の震災であるとともに、日本の原子力発電とは何かを私たちの目の前に搗きつけました。
 
 日常で最も欠くことのできない電気を原子力発電により賄っている私たち。
 自然の有り様から、時として大きく離れるために必要不可欠な電気。電気がない生活はもはやありません。
 自然界にもともと存在する電気が、自然界の脅威の中で、人智を超えて猛威をふるっています。
 それは、電気生成の手段によってです。
 私たちの人智を尽くした精密機械である発電機。
 言うまでもなく、原子力は手段であり、目的ではありません。
 予想をはるかに超えた地震こそが、自然の、自然な目的と手段の相克のように思います。
 危険との隣り合わせであることを承知しつつも、危険性を御していくという人智を、一瞬にして購った地震。
 私たちは、同胞の死の果てに、敬虔なる祈りをもって、ひれふするしかないのかもしれません。
 
 それでも、私たちの命も又、一個の宇宙の存在です。
 自然も一個の宇宙の存在でしょう。
 この人間と自然の命の広がりの中で、調和と安寧を、慄然たる命のリズムの中で融和していくことができると思われます。
 
 今こそ、自身の命の広がりを最大に高めて、この危機を乗り越えたいと思います。
 
 間違いなく、かつてない状況が立ちはだかることでしょう。政治も経済も、都市も地方も、直感も理詰めも、生きるも死ぬのも、あらゆるものに、新しい命の息吹を吹き込む決意が必要に思われます。
 今日のブログは、いつも以上に情緒的ですみません。
 午前中は、天野宮家の告別式に参列して参りました。
 喪主のご挨拶で、亡くなられたご母堂様は、「地震が大嫌いだった。命のリズムの波形を、母は、今回の地震の二時間前に命の波形を直線にして逝きました。地震で怖い思いをさせなかった、しなかった」と挨拶されました。
 母を思う心情に打たれました。
 また、鹿島、神栖、鉾田、潮来、行方、小美玉の公明党市会議員の皆様と、電話連絡しながら、各地の状況をお聞かせ頂きました。
 
 全体的には、電気の復旧で避難所から自宅に戻った市民の皆様が多い中、家屋倒壊等により避難所生活を余儀なくされこれからの生活に不安を隠せない方も多いとのこと。
 各市とも来年度予算審議中にあって、予算の議決とともに、組み換え等による復興施策と首長のリーダーシップに期待したいとも意見が多いようでした。
 そして、公明党議員として現場の要望意見をどんどん伝えていきたいとお話下さいました。
 私も、先輩議員を見習いましてあらためて頑張る決意をするものです。
 

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