いさ進一衆議院議員のブログは、国会対策の現場で目の当たりにした事実が記載されています。是非ご覧ください。
「特定秘密保護法案」の審議に思う ③
Posted on 2013年12月7日
3.法案審議は「強引」だったのか
さて、では「特定秘密保護法案」の審議は、強引で、拙速で、自公政権の「傲慢さ」の表れだったんでしょうか。それは、まったく違います。私が「国会対策委員会」の委員として、目の前で見てきた各党との審議の過程、舞台裏についてお伝えしたいと思います。
民主党は、当初から法案に反対でした。自民党も公明党も、「反対であれば議論をしましょう」、「どこが反対で、どのように修正すべきか、対案をください」と、早くから民主党に投げかけてきました。ところが、待てど暮らせど、民主党の対案はでてきません。そのうち、みんなの党が対案を示し、修正協議が始まりました。政府案に修正を加え、結果、みんなの党も賛成に回りました。その後、維新の会が対案を示してきたので、早速、自公と維新の間で修正協議となりました。非常に実りある協議となり、維新の会の意見も入れて、法案は修正されました。維新の会も、「満額回答だ」と満足し、賛成に回りました。
ここで、焦ったのが民主党です。みんなの党も維新の会も修正協議を行い、賛成となりました。民主党だけが置いていかれるとの不安からでしょうか。審議も終息を迎えつつある11月19日、突然、対案を出してきました。
自民党と公明党は、「特定秘密保護法案」を衆議院で可決する目標として、21日を目指していました。各党と審議を重ねてきて、ようやく終わりが見えてきた時になって、突如、民主党が対案を出してきたのです。当初の目標からすれば、審議できる日数は1、2日であり、民主党の対案は遅きに失した感がありあました。しかしそれでも、我々はより丁寧な国会運営をすべきだとして、あえて採決を1週間近く延期したのです。結果、26日の採決となりました。その間、福島の地に舞台を移した地方公聴会での質疑も行い、また参考人質疑も2回、開催いたしました。
結果として、衆議院において同法案は、45時間の審議を行いました。通常、重要な法案の審議時間の目安は、40時間と言われています。それを上回る審議を行ったのです。しかし、民主党は言いました。「われわれの修正案を、もっとしっかり議論すべきだ。与党は、多数の議席で、急いで押し切ろうとしている。」この論調に、同法案反対の新聞数社がのってきました。
私が残念に思うのは、なぜ民主党は、対案をぎりぎりまで示してこなかったのかということです。みんなの党も、維新の会も、担当した国会議員は、真摯に法案に向き合って、早々に対案を示してくれました。民主党も他の党と同様に、対案をしめし、一緒に修正審議を行うことができれば、彼らにとっても良い結果を得られたでしょう。そして、こうした批判も、起こりようがなかったでしょう。なぜなら、実際の審議時間は、これまでの国会から見ても、十分であったと言えるわけですから。
では、維新の会はどうだったのか。彼らは、結局、衆議院の採決を棄権し、退席しました。上記のとおり、維新の会とは、実りある協議の結果、修正案がまとまりました。そして、維新の会全議員の参加する会議において、修正案への賛成を決定したとのことでした。
しかし、問題はこれからです。維新の会の上層部、年齢層の高い、いわゆる「東京維新の会」の方々が、急に反対を始めました。公式には、急に反対を表明した理由は、はっきりとは示されてはいません。与党に対する野党のプライドなんでしょうか。維新の会の内部で、法案に対する態度が、「大阪維新の会」と「東京維新の会」とで、真っ二つに割れてしまったんです。
もしこのまま採決をするようなことになれば、維新が割れていることが、国民の目の前で明らかになってしまいます。カメラの前で、賛成と反対が、はっきりと見えてしまう。これはまずいと思ったのか、そんな姿をさらしてしまうくらいならと、結局、維新は本会議場から全員、退席し、採決を棄権してしまいました。修正案12項目のうち、8つもの修正が維新の意見によるものであり、そして法案の提出者であったにもかかわらずです。党内の事情を優先して、退席してしまったんです。
結局、法案の内容についていえば、自民党、公明党だけでなく、維新の会もみんなの党も賛成です。また、民主党がぎりぎりになって提出してきた対案も、その内容は、政府案と大きな差がありません。つまり、実は法案の中身については、ほとんどの政党が賛成なんです。
もちろん、なんでも反対の、一部政党もあります。でも、思い出して頂きたいのは、尖閣諸島での漁船衝突事故のビデオ動画が、海上保安庁から流出した事件がありました。その時、「何でも反対党」の方々は、何と言ったか。「政府の情報管理が甘い!」「厳罰に処すべきだ!」という論調で、徹底的に政府を批判してきたんです。この批判からすれば、今回の法案には当然、賛成すべきですが、今は「情報を自由にすべきだ」「刑罰が重すぎる」と反対に回っています。そういう、なんでも反対の政党を除けば、実は法案の内容に関しては、ほとんどすべての政党が賛成だったんです。
「特定秘密保護法案」の審議に思う ④
Posted on 2013年12月7日
4.日本の「民主主義は破壊」されたのか
日本の「民主主義の破壊だ!」とおっしゃる方々もおられます。「少数意見を踏みにじる暴挙だ!」、あるいは「強行採決だ!」との意見に対して、昨日(12月6日)の読売新聞には、非常に鋭い論説が掲載されています。
民主主義における意思決定、法律制定は、まず政府が法案を提出するところから始まります。それを国会において議論をして、最後は可決、否決を多数決で決めるわけです。衆参両院の「過半数」の賛成で成立することは、日本国憲法第56条、59条に定められています。
しかし一方、少数意見の尊重も、民主主義の条件です。絶対多数を得ている自公政権は、「過半数」を越えているので、本来なら政府案のまま、成立させることもできました。各党との修正協議に応じることなく、多数をもって政府案を成立させることもできました。ところが、丁寧な国会運営を図るために、あえてみんなの党、維新の会などの協議に応じて、野党の納得も得ながら、法案審議を進めることを、重視してきました。実際に、多くの修正が取り入れられ、ぎりぎりまで各党とも協議をかさねてきました。
民主党のいう「民主主義の破壊」と言うのは、何を指しているのでしょうか。「少数意見を尊重する」だけでは不十分で、「少数意見の言うとおりにせよ」、と言うことなんでしょうか。
非常に残念だったのは、一部野党が最後は、時間稼ぎ戦略をとったことです。つまり、審議途中のまま12月6日の会期が終われば、廃案にすることができます。そこで、ついには、民主党議員は国会審議に出てこなくなりました。民主党以外の各党が、何度呼びかけても出てこない。自分たちが提案者であった、中国の「防空識別圏」に抗議する国会決議にすら出てこない。挙句の果てに、安倍内閣を解散させるべきという、内閣不信任決議案を提出しました。
なぜ内閣不信任を提出したかの理由について民主党の海江田代表は、「国会でしっかりと審議時間が確保されない」から、あるいは「強行採決」したから、というものでした。しかしこれは、実は「内閣」とは関係がありません。「国会運営上」の問題、与野党間の問題なんです。それを行政府である「内閣」のせいにすることに、違和感を覚えている野党議員も多くいました。
結局、不信任決議案は否決されました。これまで、不信任決議は国会定数の5分の1、すなわち96名以上の支持があれば、「記名投票」となります。つまり、誰が賛成して、誰が反対したかがはっきりと分かるよう、名前を書いて投票するのです。ところが、この不信任決議案には、96名以上の支持者が集まりませんでした。結果、賛成者が起立するという、簡単な「起立採決」となりました。野党が内閣不信任決議案を提出しておいて、「記名投票」にすらならず、「起立採決」となったのは、憲政史上初めての事だと言われています。それくらい、野党から見ても違和感を持たざるを得ない、「内閣不信任」だったと思います。
以上、法案の内容について長々と書き連ねましたが、私は今回のメディアの報道などを見ていて、思いが重なることがあります。それは、もう15年も前の「PKO法案」の審議であったり、また「通信傍受法」の審議でした。
PKO法案の最大の争点は、実力組織である自衛隊を、日本が戦後初めて海外に送る点にありました。当時、「ついに、日本も軍隊を海外に向けた」とか、「戦時中のいつか来た道に戻る」とか、様々な批判がありました。公明党もPKO法案に賛成し、「平和の党」を放棄するのかと、少なからず批判をうけてきました。
しかし、15年経ってどうでしょうか。自衛隊は、災害被災地や、紛争で荒廃した地域におもむいて、地域の平和と安定に貢献してきました。世界の多くの方々が、自衛隊の活躍に高い賞賛を送ってくれています。それまで、「日本はお金しか出さない。」「自分では一切、汗をかかない」と批判されてきました。このPKOをきっかけに、日本が目に見える形で、世界に貢献できるようになりました。信頼され、評価される国として、自衛隊の役割は大きかったと思います。
ご批判も多々あると思います。そのご批判やご懸念をすべて受け止めて、その一人一人の声から政治をつくっていく、それが公明党の強みです。そしてまた、決断をするからには、徹底して現場に入って説明責任を果たしていく、これも公明党の強みであると思います。皆さんが心配される決断、皆さんにご負担をお願いしなければいけない政治決断であるなら、なおさらのことです。
公明党の諸先輩方の政治に取り組む姿は、常に「権力という目に見えない魔性」に、国民の代表としていかに対峙していくかです。そしてその権力には、当然、メディアも含まれます。日本を不幸な戦争に導いていったのは、国家権力であったのと同時に、メディアであり、そのメディアによって作られた「空気」であったと思います。この思いを忘れずに、徹底して動き、語っていきたいと思います。