【教育委員会】「政治的中立」「継続性」「安定性」が担保できる仕組みがあってこそ責任ある首長の教育行政。

 12月19日の橋本勝茨城県知事の定例記者会見に、文部科学省の主催する中央教育審議会の答申に対する見解が示されています。
 先の私の一般質問でも触れた内容に関連しており興味深く読みました。
 まず、記者の答申内容は教育委員改革に付き「両論併記」との質問に対して、知事は「両論併記ではなく、等身の結果は一つであり、一方は『有力な意見』」との見方を示しました。
 ついで、「合議制の教育委員会の欠点」を述べ、「責任のあり方とは何か」「行政的位置づけが不明確では」としています。さらに、「政治的中立性」「連続性」「安定性」について、首長の交代等で変わることはないと政権交代の例を持って示しています。
 私は、橋本知事の言う「行政の長としての教育に責任を持つ」との観点は橋本知事の手腕を評価したい思います。つまり、橋本知事でなかったらどうなのかということです。時として、首長選挙は揺れ動いており、知事はそれでも大丈夫というわけですが、やはり、教育に対する首長の関わりを一定の範囲で担保する必要性はあると考えるのです。
 また、橋本知事は、現場に最も近いのが首長であり、教育行政も現場感覚が必要との見解と思われますが、行政自体とそれで良いとしても、教育の理念とか採用等のシステムに恣意性が入ることは極力避けなければならないと思います。
 あえて申し上げれば、橋本知事と同様な考え方や手腕の方が今後とも継続するとは限らないとの心配をするものです。今後とも教育委員会のあり方を考えてみたいと思います。
 以下は、橋本知事の会見内容です。
 ○教育委員会制度について
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茨城(幹事社)B: 教育委員会の改革の件なのですが,この間,中教審で両論併記的な内容の答申が出されました。知事は,かねてから首長の責任という部分をしっかり明記すべきということでしたが,両論併記になった今回の答申内容について,知事ご自身はどういうお考えをお持ちでしょうか。
知事: 両論併記ではなくて,このような有力な意見もあったということで若干差がついています
 今回の議論が何故出てきたかといいますと,やはり大津市の事件がきっかけであります。その中で,例えば合議制の教育委員会というものでは,機動的,弾力的な対応が取りにくいのではないか,また,合議制では誰が本当の責任を持っているのかわからないのではないか,つまり,もう少し責任のあり方がわかるようにした方がいいのではないか。さらに,迅速性なども発揮できるような教育委員会にしていった方がいいのではないか,といったことで教育委員会制度をどうするかということが議論されたわけであります。
 教育委員会制度そのものについては,地方分権改革推進委員会や地方制度調査会の中で何度も今の教育委員会制度は問題があるのではないかといわれてきました。特に国では行政委員会制度をとっておらず,準司法的なものでもないわけであります。こういったものについて例えば総合行政の中で行われているわけだから,それは首長の下にしっかり教育行政を推進できるようにすべきではないか。また,総合行政とう点だけでなく,教育行政には極めて大きな予算もつぎ込まれていることを考えれば,首長が何も口を出せないでいる行政委員会方式というものはおかしいのではないか。あるいは一般の県民,住民の方々の意見を反映するためにも,教育委員さんよりは首長の方がはるかに住民に接している度合いが多い。レイマンコントロールということが盛んに言われているのですけれども,そうした点でも,首長の方が教育委員の方たち,それぞれの分野で立派な方たちですが,一般県民,市町村民と接しているわけではありませんので,もう少し首長にしっかり教育行政に責任を持たせる体制を作ったらいいのではないか,といった提言がなされてきたわけであります。そういう中で大津の事件があった。それでは思い切って何か変えようかということでありますから,私は,変えないのであれば,また大津の事件のようなことが起きてしまうかもしれないという点で,追加で書かれているほうではなくて,答申本文に書かれている主張の方がいいのではないかと思っております。
茨城(幹事社)B: 知事は,かねてから,県の予算でも25%は教育予算であるということも挙げていますし,文部科学大臣が代わっても教育方針はずっと変わらないなど,いろいろと主張もされています。
 ただ,いろいろな議論をしていく中で,安定性とか中立性とか,どうしても戦後の教育や戦前の教育のこととかを含めて,中立性というところに対して非常に抵抗感というか,そういう考えをお持ちの方もいるのは事実で,現実に,首長という立場であっても反対の考えを持っている人もいますよね。
知事: おりますね。
茨城(幹事社)B: そういう中で,さっき言った大津の事件をスピード感をもって対応するための,その難しさというところを,どう県民や国民に理解してもらえるような改革につなげていくかということになるのでしょうか。
知事: 政治的中立性,継続性,安定性ということが,よく言われるわけですけれども,私はそれじゃあ,自民党から民主党政権になってそんなに変わったかどうか,民主党から自民党政権になって逆に今度の方が変化が大きいかもしれない。あるいは,大臣が毎年代わっていても教育行政というのは安定しているじゃないかとか,そういうことを考えていくと継続性,安定性というものは学習指導要領でしっかり縛られている面もありますし,あるいはまた,教育委員会という制度があって,これからも,この制度を今のかたちではなくて,別なかたちでいろいろな意見を取り入れていくシステムを作ればよいのではないかということも考えれば,政治的中立性,継続性,安定性ということだけに主眼を置くというのはもう時代遅れなのではないかと思っております。
 特に時代の変化への対応という点で,たとえば小さい市町村で,時代の変化の流れみたいなものを掴める方が,感じておられる方がどのぐらいいるかということになると,やっぱりそんなにたくさんはおられないだろうと思うんですね。ですから,今どういう教育が必要になってくるのだろうか,例えば英語教育をどんどん導入しようとしている,あるいは道徳もどんどん入れようとしている,あるいは最近は郷土教育というかそういうものを入れようとしている,そういう発想というものは,たぶん教育委員会の中からは出てこないと思うのです。ですから,そういう点で今の教育委員会でいいのだろうかということは絶えず考えていく必要があるのだろうと思っております。