当然のことと思います。成年被後見人の選挙権は当然の権利です。改正前の公職選挙法は、成年後見について従前の禁治産制度を引きずっていました。権利とは何かを見誤っていたのです。
私も、東京地裁の「違憲」判決を支持し、公職選挙法第11条の削除まで主張しました。この公職選挙法の改正が70日で決着したことを本当に嬉しく思います。
以下は、この「違憲」判決に尽力された名児耶匠さんが公明党北側副代表の事務所を訪れた時の様子です。
成年被後見人に選挙権を付与するための改正公職選挙法が今月27日に成立した。被後見人の選挙権を剥奪する同法11条の規定について、東京地裁が「違憲」との判決を下してから70日余り。「前代未聞のスピード決着」(原告の父名児耶清吉さん)と評される法改正をリードした公明党の取り組みを振り返った。
「本当にありがとうございました。また娘と親子3人で投票に行ってきます」―。選挙権裁判の原告名児耶匠さんの父・清吉さんは、改正公選法が成立した27日、北側一雄・公明党副代表の事務所を訪れ、万感の思いを込めて、謝意を述べた。
ダウン症で知的障がいを抱える匠さんは、2007年2月、清吉さんが後見人となったため選挙権を失った。被後見人となる以前、匠さんは、毎回の投票をとても楽しみにしており、投票後は、笑顔で家路につくのが常だったという。
公選法の規定について、2007年の段階では、学説的にも「違憲」だとの見解が定まっておらず、また、依頼人にかかる労力や経費を理由に裁判を勧めない弁護士も少なくなかった。しかし、結果として匠さんの選挙権喪失を許してしまった清吉さんは、強い自責の念を抱き「このままでは死んでも死にきれない」と、裁判を起こし、今年3月の違憲判決を勝ち取った。
憲法解釈上の争点を含む訴訟では、負けた側が上告し裁判が長期化することが多い。さらに、匠さんの両親は、ともに80歳を超えている。清吉さんらと弁護団は、「1日も早い問題解決のためには、国会の協力が不可欠」と判断し、3月19日に公明党を訪ね、公選法の早期見直しと国の控訴断念を要請した。
これに対し、北側副代表は「公選法の規定を早く見直すべきだった」と応じ、大口善徳衆院議員は「人権尊重の理念に基づく成年後見制度が、民主主義の根幹である選挙権を制限していることに問題があった」と述べ、全面的な協力を約した。
その後、控訴する意向を続ける政府に対し、北側副代表らは3月26日、控訴断念を官邸に直接要請。さらに、党として「参院選までの選挙権回復」を打ち出した上で、4月9日の「与党・成年被後見人と選挙権に関するプロジェクトチーム(PT)」の設置を主導。政党間の議論を一貫してリードし、法案の早期成立にこぎ着けた。
公明党は、2012年7月に党内のPTが公選法11条の規定見直しを盛り込んだ成年後見制度利用促進法案の要綱骨子を発表していた。また、05年以来、福島豊衆院議員(当時)や山本博司、谷合正明の両参院議員らが一貫して国会質問で被後見人の選挙権回復を訴えてきた。
名児耶さんらの訴えは公明党の主張と軌を一にするものであり、公明党の取り組みは「原告ご家族らの思いを酌んだ行動」(選挙権裁判主任弁護士の杉浦ひとみさん)と評されるに至った。