【集団的自衛権】解釈変更では政策の安定性に欠け、限定はどこまで限定なのか不安がつきまとう。

 岩波書店が発行する月刊「世界」6月号を久々に購入しました。
 その昔学生の時は、この月刊「世界」を理解する?読めることが一種のステイタスに想っていたことがあったように振り返ります。ただ今回はそなんノスタリジーではなく、自民党総務会長である野田聖子衆議院議員のインタビューを読むために求めた次第です。
 さて、野田氏の記事は、「人口減少の現実をふまえ、持続可能な安全保障を考えよう」というもので、集団的自衛権について考えながら、最後に「少子化と安全保障はリンクしている」として、自衛隊は若い男性で構成されており、今後安全保障政策でリスク(ここでは、集団的自衛権で行使できるであろう武力行使による自衛軍の殺傷を指していると思われる)として、どれだけの若者を行かすことができるかと述べています。
 そして、「素朴だけれどもリアリティのある議論が必要」「国際情勢という大きな状況と、人を殺す、人が殺されるかるしれないというリアリズムを語るべき」と結論しています。
 インタビューの構成は、
 ①自民党は自主憲法制定を目標にしているが、安倍総理は、憲法の会縮変更で行おうとしているのは、違う政権の時にまた解釈変更できることになる。
 ②解釈変更では、政策の安定性に欠ける。
 ③国際社会において軍事的な役割を果すことの引き換えに何がもたらされるのか。リスクの判断材料がない。
 ④原則論として、憲法9条と自衛隊は整合性がない所を60年も法解釈を重ねてきて今がある。この背景をしるべき。
 ⑤「限定的容認論」は、「限定」が抑制的に聞こえるが、具体的に何があるか不明。この「限定論」は通用するのだろうか。
 ⑥世論はねまず景気対策、次に社会保障、原発、消費税、その後に安全保障である。
 以上がインタビューの内容です。この抜き書きは野田氏の真意にそくしていないかもしれませんが、論旨は以上だと思います。
 私たちが今思う事は、なぜ今「集団的自衛権」を議論しているのだろうかです。確かに安全保障のあり方が変化していることは分かるのですが、事例が今すぐに起こりそうなのか理解できません。
 先に、自衛隊OBの方のお話しの一部を掲載しましたが、リアリティの内実は何かをしっかりと問わなければならないと思います。

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