【南三陸・大船戸】瓦礫処理の遅さに怒りすら覚える。そこには生の息吹すらない。

 昨日に続き、茨城県議会公明党の東日本大震災被災地現地調査は、本日、南三陸町・気仙沼市・陸前高田市・大船戸に参りました。
 その惨状は、昨日と同じく、言語を絶する壮絶な瓦礫の山です。
 分別された瓦礫もありますが、まだ道路の際まで溢れ、復旧の進度の遅さを肌で感じます。
 営々と築き上げた財産が、一瞬のうちに、破壊尽くされる。
 今、そこには「生」の胎動を感じることはできません。
 カメラを手にしながら、かつての生きた証を尋ねても見当たらないことが悲しくて仕方ありません。
 街は死んでいました。水も電気もガスもありません。
 確かに、瓦礫処理の重機が入り、災害復旧の歩は一歩づつ進んでいるのでしょう。
 しかし、人の声がないのです。そこに住まわれていたはずの人の姿がありません。
 良いも悪いも、四角も三角も、マルもバツも、赤も青も、何もかにもが瓦礫となって、無残に重なり合っています。
 こんなことがあって良いのだろうかと自問自答しながら、今日は600㎞を走らせて頂きました。
 こんな短時間で、何が分かろうかとご批判もあると思います。それでも私自身は、遅ればせながらも、現実を見て、空気を吸って、大地を踏みしめたことに意味あらしめようとの努力を決意します。
 以下、キャプションもありませんが、写真を掲載します。
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