昨日は、私を竹馬の親友として支援声援して下さる方のお見舞いに参りました。
残念ながら外出しているらしくお会いできず、やむなく近くにお住まいのお母さんの所に伺いました。
「お母さん、八島です。お暑いですね。お元気ですか?」
「いや、暑いね。家の中じゃハダカだよ。83になったって恥ずかしいもんだ。ちょっと待って。上着羽織るから。八島君か? よく来たね。中で冷たいの飲んでいけや」と。
「久しぶりです。県議選ではお世話になりました。今日は、彼の具合を伺いに来たんです」
「そりゃ有り難いことだ。息子は、なんだか癌らしいよ。6回の抗がん剤やるって。もう3回は済んだ。あと3回だ。やった後は大変だなあ。疲れ切って、だるくって、元気がなくて、見てられないよ。でも、今日あたりは大丈夫だ。家にいるとろくなこと考えないから、パチンコ行ってんだろ」
「どこが悪いの?」
「聞いたけど、忘れた。年寄りが何度も聞くと嫌われんだ」
「仕事はどうしてるの?」
「休んでるよ。そう会社に届けてるらしい。嫁さんも働いているし、保険もあるだろうから、まあ、ぎりぎりだな、きっと」
「そう、大変だね。お母さんは、どこも悪くない?」
「おれは元気だ。系統っていうか、血筋っていうか、大丈夫だ。悪いのはココだけ(頭を指して)。だいたい勉強する時代じゃなかったぞ。でも、働いて、働いて、孫も曾孫もいる。自分ひとりで、自分の家にいる。世話にならない。近頃、おかず作るのが面倒だな。冷蔵庫には色々入ってるだが、なあ」
「お母さん、ありがとう。本当にお元気そうで。彼のこと友達がみんな心配してます。よろしく伝えて下さい」
「分かった、分かった。あんたこそ、頑張れよ。頼んだよ」
こうして、お別れしました。田舎の、働きづめで子ども達を育て抜いたお母さん。どこの親も同じだと思う。たまに、育児放棄や虐待の報道があるけれど、その原因は何だろうかと考えてしまいます。全てが幸福ではないのかも知れません。全てが満足するものでないかも知れません。それでも、人の心の善なることを信じ抜いていこうと思っています。負の連鎖を断ち切るために少しばかりの強くたくまいし手助けが必要です。
そうこうして、自宅に帰り、夜になりました。すると携帯電話に見慣れない番号。
「今晩は。八島です」
「王、俺だ。今日はありがとう。来てくれたんだな」
今日訪ねて会えなかった親友の彼の元気な声でした。
「元気な声だね。声を聞けただけで安心するよ。みんな心配してたよ」
「そうかい、心配かけて悪かったけど、元気になったよ。本当は癌なんだけど、医者は会社に行ってもいいっていうくらいだ。まあ、あと3回の抗がん剤治療するから、終わるまでは会社は行かないで、銚子のいいいときはパチンコだな」
「そう、こんなに元気な声で本当に良かった。良かった」
「良かったしか言わないな。抗がん剤治療の後は全くダメ。だるくって、やる気がでなくて、味が分からなくって。これはやったものじゃなくちゃ分からない。いい時、来たよ、八島は」
「そうか、良かった。元気そうで良かった。長く付きあうような病気だから、長期戦略でいこうぜ」
「医者も言ってたけど、抗がん剤治療が終われば当分は大丈夫。その後再発を注意して、再発するころはもっといい治療方法があるとなるって。そう考えているんだ」
「そうそう、お互い、体に注意して頑張ることにしよう」
「大丈夫。来年の同窓会は元気に行くよ。今年はね同窓会の時からなんかしこりあると思っていたくらいだったからね」
「そうか、楽しみが出来た。完治前回祝いでもやるか。同窓会で」
こんな会話をしました。私たちは今年56才となる年代です。人生の完成期に向けて、今一歩働く年代です。健康第一は当然として、病気に対しては早期発見を心掛けていきたいと思います。