【オバマ大統領】負の歴史と経験を乗り越えて、非暴力と差別根絶に、心の峰を登攀しよう。

 今朝の読売新聞朝刊6面(国際)に掲載の、オバマ大統領の差別根絶を訴えるという記事が心に留まりました。
 オバマ大統領は、19日、ホワイトハウスでの報道官の定例記者会見に予定なく現れたそうです。その背景は、甲です。
 2012年2月、フロリダ州サンフォードの住宅街で事件は発生しました。自警活動中のヒスパニック系白人男性が、歩いていた黒人少年を不審者だと思い込んて追跡し、もみあいの末に射殺したというのです。白人男性は殺人罪に問われたものの、今月13日に正当防衛を理由に無罪評決を受けました。検察側は控訴できず、判決が確定することから、全米各地で黒人を中心とする抗議デモが相次いでいたのです。
 オバマ大統領は、評決を下した陪審手続きは正当だったと述べた上で、「アフリカ系米国人(黒人)f、事件を今も消えない『歴史』と『自らの経験』わ通してみている」と語り、抗議行動への理解を示し、デパートで万引きを警戒する警備員に後をつけられたり、道路を横断すると自動車のドアをロックされたりするなどの例をあげ、「こうした経験のないアフリカ系米国人はいない。上院議員になる前の私にも起きたことだ」と個人的な経験にもふれました。
 さらに、「一人一人が自分に問いかけて欲しい。人格でなく、肌の色で人を判断していないだろうか」と呼びかけました。最後に、世代が進むごとに人種問題は改善していると強調し、「長くて困難な旅を経て、より完璧な国家になると確信している」と結んだそうです。
 
 オバマ大統領は、殺された少年をもって、「トレイボン・マーティンは、35年前の私だったかもしれない」と語りました。
 私は、米国における人種問題の本質を詳らかに知っているわけではありません。しかしながら、この記事にあるオバマ大統領の訴えを聴くと、ふと思う事があります。それは、私たちの心に巣食う「差別の心」であり、「他を見下す心」であり、一方で、自らを「卑下する心」についてです。
 日本においては、アメリカのそれとは違って、経済的な差異をして格差とする傾向があるのではないでしょうか。幅広く多様な生活者の実際を、寛容と啓発のなかで、自立への道を拓きゆきたいと思います。
 どうにもあがないきれない現実に遭遇した時に、どう行動するのかを律して参りたいと考えます。
 随分読売新聞を引用しました。申し訳なく思います。
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