信ずるに足るとは、正確な情報発信と人格の投影によって成立するものだ。

 東日本大震災で被災した公共施設の補修に資金手当ての差異が発生することがありました。
 それは、3月11日の本震で被災した建物の修繕は、災害復旧費用として緊急性を重んじて随意契約で工事開始したものの、その後の余震で発生した壁のひび割れは、補正予算で対応し、かつ一般競争入札で業者決定と工事開始となるためこれから対応というものです。
 いずれにしてもこの施設は使用不能にあることは変わりません。
 ある意味、損傷発生時期が違うわけですから当たり前のことと思われます。
 ところが、ややこしいことに、この時間的な区切りは3月31日の年度代わり、この時同施設は、指定管理制度によって土浦市から協議会に管理者が移管しました。
 更に、協議会発行の広報誌には4月1日からの担当を明確にしていて、震災前編集の広報紙は訂正できずにいたというものです。これが先日配布されました。
 悪いことに、土浦市も協議会も、ホームページがありながら告知していません。
 それが私のもとに「なぜですか?」と持ち込まれました。
 こうなってくると自然災害に人災が加わって、市民の混乱と苦情につながるということになったものです。
 震災では、情報の扱いが大きな課題でした。情報の真偽は、発する側のスタンス、言葉遣い・身振り手振り・仕草動作、そして何よりも多くの情報の中から限られた時間等にあって何を取捨選択するのかにより判然とします。情報と信頼は一体性が肝要です。
 これは議員たるものとして心に留めなければならない大事なことです。聞く側の理解とは、優先された一、二のものに限られることが多いようです。この兼ね合いや距離感が、的確に捕まえられるように努力したいと思います。
  
 さて、本件は、苦情となった方が、「仕方ないね」と言われて完結しました。そんなことではありますが、今日も大切なことを学んだ日となったのです。