【備忘】安保法制を考える二つのコラム。中立スイス、安保のリアリズム。

風知草:どんな国になるのか=山田孝男
毎日新聞 2015年06月29日 東京朝刊
 安保論戦は関連法案を通すか、つぶすかの一点に傾き、日本の平和を守るために何をすべきかという総合的な討論はない。
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 この偏りは、国防リアリズムの極致・スイスと比べるとよく分かる。
 スイスは中立国だから同盟国がない。集団的自衛権もない。国連決議に縛られて紛争にかかわることを嫌い、2002年まで国連に加盟しなかった。
 以前の「絶対的中立」から国連に入って「制限的中立」へ転換したが、実態は武装中立である。
 中立を守るために国民皆兵制を採り、20歳以上の男子に兵役義務がある。初年兵学校で受け取った小銃は自宅で保管する。
 初任訓練後も30歳までは毎年、一定期間の訓練が義務。理由なく忌避すれば公民権停止である。
 まだある。国境の道路には戦車の侵入を阻む甲鉄板が埋め込まれ、橋脚には爆薬を差し込む溝。
 家庭用核シェルターの設置も義務づけられ、普及率100%。この政策の背景には、原爆投下後、放射能が弱まる2週間をシェルターで過ごせば被害を最小に食い止められるという考え方があるという。
 有事に備え、収穫した小麦の半年間の備蓄を義務づける法律もある。
 これらの政策が独裁者の号令ではなく、直接民主主義の討論、投票によって採用されているところにスイスの面目がある。
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 ひるがえって日本。
 中国海空軍の急速な発展により、海という天然の障壁が事実上、取り払われた今、日米安保強化、集団的自衛権で対抗するという提案は、純粋に軍事的な選択肢としてはそれなりに理屈が通っている。
 もちろん、この提案にはさまざまな問題が伏在しているが、反対派の批判には国防全体を見渡す総合性がない。政府の情勢認識は認めつつ、矛盾を突くが、では、どう国を守るかという具体的構想はない。
 反対派のこの無責任、無計画を見透かした政府・与党は「言うだけ言わせておけ」と割り切っている。法案の「7月中旬、衆院通過」は公然の秘密。反対派はもっぱら「法案をつぶせ」と連呼している。
 すると、毒舌の作家と自民党国会議員が「マスコミつぶせ」と反撃、新しい戦線を形成したというのが先週までの流れだ。
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 スイスのリアリズムとかけ離れた日本の国防論議の底には、世界3位の経済大国でありながら、米国に守られて栄えるという、他の経済大国には見られぬ歴史的特異性がある。
 経済大国は元来、平和的存在とは言えない。他の大国と対立、競争し、しばしば弱小国を圧迫する加害者的な存在である。
 日本が経済大国であるということ自体、異郷で日本が紛争に巻き込まれるかもしれぬ−−などという悠長な状況ではなく、通商、貿易、観光など、日本人の日常活動自体が不断に国際紛争の火種をかき立てていると見るべきだろう。
 法案さえ葬れば平和とも思えぬゆえんである。
 経済大国の防衛ラインを縮めるには経済の水準を下げればいい。経済の専門家は「わずかな縮小でも破壊的、狂気の沙汰」と取り合わぬが、環境重視派は「経済発展継続なら破滅」と警告している。
 日本はこのジレンマをわきまえ、国際平和と節度ある豊かさを探っていく。そういう国家戦略、世界構想が描けていない。攻守ともに描いてほしい。=毎週月曜日に掲載
風知草:不戦国家の用心=山田孝男
毎日新聞 2015年06月22日 東京朝刊
 過激な批判と過剰防衛が安全保障論戦を貧しくしている。その不毛が国民の合意を妨げ、隣国の誤解を招くことを恐れる。
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 70年前、日本が受諾したポツダム宣言は「国民をだまして世界征服へ駆り立てた」(embarking on world conquest)日本の指導者を糾弾した。
 今、安倍晋三首相が、国民をだまして世界征服に乗り出したとは思わない。安保法制を操って戦争を始めるとも思わない。
 平和憲法からの逸脱に敏感であることは重要だとしても、政権が軍事国家を目指しているという断定は不当な極論である。
 とはいえ、首相もおかしい。十分筋の通った野党質問でも正面から答えず、過剰防衛の長広舌とヤジで対抗している。四つ相撲は避け、野党分断へ権謀術数をめぐらせることに関心があるように見える。
 安保論戦というもの、議論すれば結論に至るとは限らない。戦後史を顧みればどの攻防も行き詰まり、しばしば国際情勢の急変を背景に決着を見た。
 講和論争が典型だ。第二次大戦後の1950年、吉田茂政権は米英仏など西側諸国のみとの講和(単独講和)を探っていた。
 他方、社会党や政治学者の南原繁(東大学長)ら知識人が、ソ連など社会主義諸国も参加する講和(全面講和)を唱えた。
 吉田首相が南原を「曲学阿世(きょくがくあせい)(学問を曲げて世俗におもねる)」と酷評、南原が「満州事変以来の権力的強圧」と反発して世間は沸いたが、直後に朝鮮戦争が勃発。社会主義国の脅威を目の当たりにして単独講和路線が固まった。
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 近くは周辺事態法(99年成立)がそうだ。この法律は、日本の領域外で起きたことでも、放置すれば日本が攻撃される事態と認められるなら、日米協力で対処できるという内容。
 冷戦後の日米防衛ガイドライン見直しに伴って提案された。今国会で審議されている安保関連法案の基盤の一部だが、「専守防衛の逸脱」という批判が渦巻いて論戦は滞った。
 だが、98年9月、北朝鮮の弾道ミサイルが三陸沖に着弾。99年3月には、能登半島沖の日本の領海内に北朝鮮の工作船が2隻侵入した。海上保安庁、自衛隊の艦船が追跡、逃走を許したものの、警告射撃、爆弾投下の大事件に発展、同法は6月に成立した。
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 安保論争の背景には、常にソ連の興亡、米国の覇権の変遷があった。今は中国の勃興が大きい。
 92年成立の国連平和維持活動(PKO)協力法は冷戦後の、2001年のテロ対策特別措置法は9・11後の、ともに国際協調を探った末の結論だった。
 そのすべての局面で、新しい法案は戦争放棄の憲法9条に違反しているかどうかの論戦が延々続いた。今も続いている。
 それが無意味で見当外れだとは言わない。絶えざる憲法論争は、第二次大戦大敗に懲りて平和を求める戦後日本社会の、不動の意思の反映だと思う。
 第一次大戦に懲りた欧州で不戦思想が台頭、帝国主義戦争への批判が高まったころ、日本は遅れて帝国を建設し、中国を侵略、朝鮮を植民地化した。
 日本の国民も政府も、大戦以前へ戻りたいなどと考えてはいない。日本は70年間、不戦を貫いた。今後も貫いていく。自国防衛の用心は怠らぬにせよ、国の基本は不戦にある。
 そういう国だと首相に言ってもらいたい。=毎週月曜日に掲載

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