いわき市から旧来の友が来訪した。
彼は、福島県いわき市の復旧ままならない現状を切々と訴え、東日本大震災の地震と津波の猛威を教えてくれました。
そして、何よりも福島県の置かれた状況とは、今も一向に収束しない原発事故のため、「誰もが入りたくない地域として復旧対象から外されている。復興など論外だ」と話します。
「いわき市の中心地である平駅周辺は、原発関連業者(東電と東芝と関連会社等)によりホテルは数ヶ月先まで押さえられている」
「今も物資は入らない。建設重機のリースは、いわき市で使用すると言えば断られるか買い取を求められる」
「買い取った物資も、現地まで配達してくれない。北茨城まで取りに来いと言う」
「子供達はいわき市で育てないことだ。いわき市で育ったと言えば結婚に障る」
「人口三十万都市のいわき市は、半分の都市になる」
「常磐線は、平駅が終着駅になる」
「津波の時、鮫川の底が見えるほどの引き潮になり、一気に津波が押し寄せた」
「福島第二原子力発電所にも注意すべきだ」
「福島県は、いわき市は今も復旧が始まらない。ボランティアも宮城県には行くが、いわき市には来ないし、入れない」
「これから住んでいいのか、住めるのか」
「製薬会社は工場廃止を決めた。いわき市で作った薬を服用する人はいないとの判断だ」
と話してくれました。
彼は、外資系の保険会社に勤務していますが、死亡保険金の支払いも本人確認が不能として相続人の銀行口座開設ができずに振込不能先もあるとの事。
その会社もいわき営業所の廃止を検討しているためこれからの仕事に不安があるとも話しました。
原発事故は、私たちの人生を「オール オア ナッシング」にしてしまう脅威です。
原発事故に対してどうしても怒りが起きてしまいます。
そして、原発電力依存の高さに、今の生活は蜃気楼のようだったなと思われてなりません。
確たる展望のエネルギー政策を真剣に検討したいと思います。
2011.5.18読売新聞3面総合
情報に対する信頼性を作るのは、<発信の迅速さ×内容の正確さ>ではないか。これに<一貫性>が加わらなければ<発信者への信頼>は生まれない。
東電の専門家が、聞きなれない専門用語や細かい数値を並べるほど、国民、住民は何か都合の悪いデータを隠しているのではないかと疑心暗鬼にもなる。
同紙科学部長柴田文隆氏署名記事抜粋
2011.5.18読売新聞2面総合
「原子力の理解者であり、原発と共存してきた皆さまの裏切られたとの強い思いに国は正面から向き合っていく。被災者は国策による被害者だ」海江田経済産業相は17日の記者会見で、原発事故の収束や被災者の支援を東電任せにはしないとの姿勢を強調した。
八島には、この海江田経産相の言葉がスッキリしない。少し前まで、国は被害者救済のあり方を東電一辺倒にした。そして、世論が国の責任を問うようになった<今>発せられたからだ。「東電任せ」との批判は、これでかわせるのか。
いったい冒頭の「原子力の理解者」とはなんだろうか。理解者と言われた人々は、裏切られたのだろうか、騙されたのだろうか。時が違えば、前提条件が180度転換する場合もある。今のことが大事なのだ。「国策」の言外に滲む責任回避が透けてしまう。
リスク管理とは、最悪の状況への真剣な想像力なくして始まらない。最悪の事に眼を瞑り、耳を塞いで、知らない事にしたツケが廻ってきたことを、あらためて思い知らされます。