政府は、2012年度予算案の閣議決定をしました。
テレビや新聞報道の通り、一般会計90兆3339億円と前年比2.2%減と6年ぶりの縮小という触れ込みながら、実質的な予算規模は、96兆円とされ結果は過去最大規模というものです。
つまり、誰でもわかる「粉飾性」があるにも拘らず、復興特会や年金交付国債は「粉飾性」にあらずと言うことで、野田内閣の面目は立ち、国民がら見れば過去最悪の「借金頼み」に将来の悲観と、ギリシャを思い浮かべて国の危機を憂うるばかりとなります。
大体、借金には利息が付くのです。この当たり前の事の中に財政のあり様が見えます。
元金については、「返済原資が何か」です。将来の収入というのは、正しい考え方です。
投資効果とは将来の利益の追求であり、本来は確かな計画性に対する信用と言うことになります。つまり、「信用できない将来」は返済原資になりません。
国の場合は、これは「税」以外にないのです。「税」は、付加価値の一部の搾取吸収ですから、インフレ的な中に期待されます。デフレ経済の税収は厳しいと思います。
利息については、表面と実質は違います。価値とは、相対的で変動しますから、実質金利こそが物の価値です。金利が高いとは、リスクが高いということです。日本の国債の金利は、このままで行けるのでしょうか。国内で消化されているから大丈夫理論は、もうすぐ通用しなくなると考えます。日本国債の世界的な流通こそが、究極のグローバリゼーションと言えましょう。フアンドの洗礼を、どのような形で受けてしまうのかが心配なのです。
さて、今回の予算案の中で耳慣れない言葉は、「年金交付国債」です。
これは、基礎年金の国庫負担割合50%を維持するに必要な2.6兆円(13.5%分)に充当します。これは「やむなし」と考えます。本来は、国庫負担50%とするために消費税アップが前提でしたから現行やむなしです。
政府は、この交付国債を「政府が現金を支払う代わりに法律に基づいて公的機関や特定の人に割り当てる無利子の国債」と説明します。受け取り側は、お金が必要な時に政府に償還請求することができるため「小切手」とも説明しています。
しかし、この「交付国債」は、「年金」の二文字がついている所がミソです。
つまり、「年金積立金」は、年金の原資とするための年金積立金の仮想取り崩しなのです。実質的に年金積立金が基礎年金に充当するに、年金財政の中では、年金交付国債も積立金として資産計上するから、「使っちゃうのに残っている」という都合の良いものと言えます。
そして、この「年金交付国債」は、消費税増税によって本当は解消するのです。年金積立金を仮想取り崩しても、今返済原資はありません。それは消費税増税見合いと言うことです。
もうこうなると、「何でもあり」です。
隠れ借金というのは、私が銀行員時代から、企業の財務分析で一番嫌いな事情です。ですから、金融庁も隠れ借金や不良資産を鋭く発見して、資本勘定から控除して、債務超過を算定し、厳しく債務者区分を決定しました。そして、銀行に貸し倒れ引当金の積み増しを求め、金融の維持に努めたのです。
もっと言えば、年金積立金約109兆円は、運用されています。この「年金交付国債」は無利子かもしれませんが、年金積立金の運用利子の減少分は、「年金交付国債」の返済元金そのものになるのです。支払利息と受取利息は、表裏一体です。やっぱり借金は借金なのです。
金利が上がると、借金が借金を呼ぶ、自転車操業になります。金利は、物のの販売利益ではないのです。金が金を呼ぶ、負の連鎖の金融は破たんすると言わざるおえません。
こんないい加減な「粉飾」に、誰が騙されるのでしょうか。財政規律の厳格な維持なるものはないのかもしれません。政府の後手後手には、あきれるばかりだと国民は思っているのです。そして、誰がやっても同じとなれば、国のあり方が、なんらかな国民のアイデンティティが霧散するように思えてなりません。
年明けから、予算審議が始まります。私たちは、自身の身を律しながら、自他ともに思いやる心で、この難局を乗り越えていきたいと思います。
来年こそは、騙されない国民の意思を明確にして参りたいと思っています。