寛容の心が「和解の力」をもたらし、希望の同盟の深化を図る。

 12月27日(日本時間28日)、安倍首相とオバマ米大統領は、日米が太平洋戦争の端緒を開いたハワイの真珠湾を訪問し、戦没者を追悼しました。
 首相は、敗戦国日本を国際社会復帰に導いた米国の寛容さに謝意を示すとともに、「日米は、寛容の大切さと和解の力を世界に向けて訴え続ける任務を帯びている」と語る一方、「戦争の惨禍は、二度と繰り返してはならない」と不戦の誓いを新たにしました。
 公明党の山口那津男代表は、日米首脳がそろって米ハワイ・真珠湾を訪問し、オバマ氏の任期中で最後の会談を行ったことを受け、大要次のような見解を述べました。
一、オバマ米大統領が間もなく任期を終えるに当たって日米首脳会談を総括の意味で行ったのは良かった。真珠湾で日米首脳がメッセージを発したのは、歴史的な1年を締めくくる重要な出来事だった。今後も未来に向かって進むことができるのは、安定した政権基盤があればこそだ。
一、首相がメッセージで平和国家としての歩みという歴史的事実を大切にしながら、不戦の誓いを発したのは重要だ。また、戦後、日本への米国の支援に感謝し、激しい戦争を行った両国が寛容や和解の精神を国際社会に発信したのは画期的な政治的行為だった。
一、さらに、基本的な価値観を共有する両国が同盟を結び、その役割をさらに深めていくことで国際社会に好ましい影響力、指導力を発揮することを確認したことにも重要な意義がある。
 以下は、安倍首相とオバマ米大統領の演説の全文です。
 安倍首相演説全文
 オバマ大統領、ハリス司令官、ご列席の皆さま、そして、すべてのアメリカ国民の皆さま。パールハーバー、真珠湾に、いま私は日本国総理大臣として立っています。
 祖国を守る崇高な任務のため、カリフォルニア、ミシガン、ニューヨーク、テキサス、さまざまな地から来て、乗り組んでいた兵士たちが、あの日、爆撃が戦艦アリゾナを二つに切り裂いたとき、紅蓮(ぐれん)の炎の中で死んでいった。
 75年が経ったいまも、海底に横たわるアリゾナには数知れぬ兵士たちが眠っています。耳を澄まして心を研ぎ澄ますと、風と波の音とともに、兵士たちの声が聞こえてきます。
 あの日、日曜の朝の明るく寛(くつろ)いだ弾む会話の声。自分の未来を、そして夢を語り合う若い兵士たちの声。最後の瞬間、愛する人の名を叫ぶ声。生まれてくる子の幸せを祈る声。一人ひとりの兵士に、その身を案じる母がいて、父がいた。愛する妻や恋人がいた。成長を楽しみにしている子どもたちがいたでしょう。
 それら、すべての思いが断たれてしまった。その厳粛な事実を思うとき、かみしめるとき、私は言葉を失います。その御霊(みたま)よ、安らかなれ――。思いを込め、私は日本国民を代表して、兵士たちが眠る海に、花を投じました。
 オバマ大統領、アメリカ国民の皆さん、世界のさまざまな国の皆さま。私は日本国総理大臣として、この地で命を落とした人々の御霊に、ここから始まった戦いが奪ったすべての勇者たちの命に、戦争の犠牲となった数知れぬ無辜(むこ)の民の魂に、永劫(えいごう)の哀悼の誠を捧げます。
 戦争の惨禍は二度と繰り返してはならない。私たちは、そう誓いました。そして戦後、自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを貫いてまいりました。戦後70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たち日本人は静かな誇りを感じながら、この不動の方針をこれからも貫いてまいります。
 この場で、戦艦アリゾナに眠る兵士たちに、アメリカ国民の皆さまに、世界の人々に、固いその決意を日本国総理大臣として表明いたします。
 昨日、私は、カネオヘの海兵隊基地に一人の日本帝国海軍士官の碑(いしぶみ)を訪れました。その人物とは、真珠湾攻撃中に被弾し、母艦に帰るのをあきらめ、引き返し、戦死した戦闘機パイロット、飯田房太中佐です。
 彼の墜落地点に碑を建てたのは日本人ではありません。攻撃を受けていた側にいた米軍の人々です。死者の勇気を称(たた)え、石碑を建ててくれた。碑には、祖国のため命を捧げた軍人への敬意を込め、「日本帝国海軍大尉(だいい)」と当時の階級を刻んであります。
 The brave respect the brave.
 「勇者は、勇者を敬う」。アンブローズ・ビアスの詩(うた)は言います。戦い合った敵であっても、敬意を表する。憎しみ合った敵であっても理解しようとする。そこにあるのは、アメリカ国民の寛容の心です。
 戦争が終わり、日本が見渡す限りの焼け野原、貧しさのどん底の中で苦しんでいた時、食べるもの、着るものを惜しみなく送ってくれたのは米国であり、アメリカ国民でありました。皆さんが送ってくれたセーターで、ミルクで、日本人は未来へと命をつなぐことができました。
 そして米国は、日本が戦後再び、国際社会へと復帰する道を開いてくれた。米国のリーダーシップの下、自由世界の一員として、私たちは平和と繁栄を享受することができました。
 敵として熾烈(しれつ)に戦った私たち日本人に差しのべられた、こうした皆さんの善意と支援の手、その大いなる寛容の心は、祖父たち、母たちの胸に深く刻まれています。私たちも、覚えています。子や孫たちも語り継ぎ、決して忘れることはないでしょう。
 オバマ大統領とともに訪れたワシントンのリンカーン・メモリアル。その壁に刻まれた言葉が私の心に去来します。
 「誰に対しても、悪意を抱かず、慈悲の心で向き合う」
 「永続する平和を、われわれすべてのあいだに打ち立て、大切に守る任務を、やりとげる」
 エイブラハム・リンカーン大統領の言葉です。私は日本国民を代表し、米国が、世界が、日本に示してくれた寛容に改めてここに心からの感謝を申し上げます。
 あの「パールハーバー」から75年。歴史に残る激しい戦争を戦った日本と米国は、歴史にまれな深く、強く結ばれた同盟国となりました。それは、いままでにもまして、世界を覆う幾多の困難にともに立ち向かう同盟です。明日を拓(ひら)く「希望の同盟」です。
 私たちを結びつけたものは、寛容の心がもたらした、the power of reconciliation、「和解の力」です。私が、ここパールハーバーで、オバマ大統領とともに世界の人々に対して訴えたいもの。それは、この和解の力です。
 戦争の惨禍は、いまだ世界から消えない。憎悪が憎悪を招く連鎖はなくなろうとしない。寛容の心、和解の力を世界はいま、いまこそ必要としています。
 憎悪を消し去り、共通の価値のもと、友情と信頼を育てた日米は、いま、いまこそ寛容の大切さと和解の力を世界に向かって訴え続けていく任務を帯びています。日本と米国の同盟は、だからこそ、「希望の同盟」なのです。
 私たちを見守ってくれている入り江は、どこまでも静かです。パールハーバー。真珠の輝きに満ちたこの美しい入り江こそ、寛容と、そして和解の象徴である。
 私たち日本人の子どもたち、そしてオバマ大統領、皆さんアメリカ人の子どもたちが、またその子どもたち、孫たちが、そして世界中の人々が、パールハーバーを和解の象徴として記憶し続けてくれることを私は願います。そのための努力を私たちはこれからも惜しみなく続けていく。オバマ大統領とともに、ここに固く誓います。ありがとうございました。
オバマ大統領演説全文
 安倍首相、米国民を代表し、心のこもったあいさつに感謝します。今日ここにお越しいただき、ありがとうございます。和解の力や両国民の絆を示す歴史的な行動は、戦争が残した最も深い傷も、友好と恒久平和へ道を開くのだということを思い出させてくれます。
 ご来席の皆さん、米軍の皆さん、そしてとりわけ真珠湾攻撃の生存者とそのご家族の方々、アロハ。
 米国民、特にハワイを故郷とする私たちにとって、この真珠湾は神聖な場所です。今も涙を流している海に花輪を手向け、花束を投げ入れる時、私たちは、永遠に天国に召された2400人を超える愛国者のことを思い出します。天国で永遠に整列し、私たちを見守ってくれる父親、夫、妻、そして娘たちのことです。私たちは、かつてオアフ島を守ろうと戦い、毎年12月7日に少し背筋を伸ばす人々に敬意を表し、75年前にこの場所で輝いた英雄的な行為に思いをはせます。
 あの12月の夜明けは、このうえない楽園のようでした。海は温かく、信じられないくらいの青さをたたえていました。水兵たちは食堂で食事をしたり、きれいな白い短パンやTシャツに着替えて教会へ向かう準備をしたりしていました。真珠湾には、戦艦が整然と並んで停泊していました。カリフォルニア、メリーランド、オクラホマ、テネシー、ウェストバージニア、そしてネバダ。戦艦アリゾナの甲板では、海軍の楽団が演奏の準備をしていました。
 あの朝、兵士たちの本質を示したのは、肩につけた階級よりも、彼らの心にある勇敢さでした。島中で、米国人が、訓練用の砲弾や旧式のライフルを手に最大限戦ったのです。いつもなら食堂で掃除だけをするアフリカ系米国人の給仕係さえも、司令官を安全なところへ運び、弾が尽きるまで高射砲を撃ちました。
 私たちは、戦艦ウェストバージニアで砲術の1等兵曹だったジム・ダウニングのような米国民をたたえます。彼が湾にかけつける前、彼の新妻は聖書の一節を差し出したのです。「とこしえにいます神は、あなたのすみか。永遠なる腕がその下に」。ジムは、自分の艦を守って戦うと同時に、戦死者の最期を遺族に伝えられるよう、名前を集めたのです。彼は「当然のことをしただけさ」と言いました。
 私たちは、銃弾の嵐に直面しながらも、最後の力を振り絞って燃えさかる飛行機の消火活動を続けたホノルルの消防士、ハリー・パンも覚えています。彼は、名誉負傷章を授与された数少ない民間人の消防士の一人です。
 また、50口径機関銃を2時間以上も受け持ち、20カ所を超える傷を負った兵曹長ジョン・フィンにも敬意を表します。彼は軍の最高勲章である名誉勲章を受章しています。
 そしてこの地で、戦争がどれほど我々の恒久的な価値観を試してきたかについて考えます。先の大戦中、日系米国人が自らの国によって自由を奪われたときでさえ、米国史上、最も多くの勲章に輝いた部隊の一つは、第442連隊や第100歩兵大隊という日系米国人2世たちの部隊でした。第442連隊には、私の友人でハワイ人としての誇りを持つダニエル・イノウエが所属していました。私の生涯のほとんどの間、彼はハワイ州選出の上院議員でした。私は彼と一緒に上院で働けたことを誇らしいと感じています。彼は名誉勲章と大統領自由勲章を受け取っただけではなく、彼の世代の最も卓越した指導者の一人でもありました。
 ここ真珠湾での第2次大戦で最初の戦いは、米国を目覚めさせました。米国は色々なかたちで大きく成長しました。私の祖父母を含む先の大戦を経験した米国の「最も偉大な世代」は、戦争をしようとはしませんでしたが、戦争から後ずさりすることを拒みました。彼らは前線や工場で自分たちの務めを果たしました。75年が経ち、真珠湾攻撃で生き残った誇り高い兵士たちの数は減ってきた一方で、この地で思いをはせる彼らの勇敢さは、私たち米国民の心に永久に刻まれています。真珠湾と第2次大戦の退役軍人の皆さんで立ち上がれる方は、立ち上がって挙手していただけますか。米国はあなたたちに恩を感じ、感謝しています。
 国の本質は戦争のなかで試されますが、平和な時代に形づくられます。海を越えた残忍な戦いで何万ではなく何千万の命を奪った人類の歴史上最も恐ろしい時期の後、米国と日本は友情と平和を選びました。数十年を経て、我々の同盟関係は日米の両方をさらなる成功に導きました。世界大戦が起きることを防ぎ、10億人を超える人々を危険な貧困から救った国際秩序を支えることに、日米同盟は役立ちました。今日、日米同盟は利益を共有することによってだけでなく、共通の価値観が根付いて結びついており、平和とアジア太平洋の安定の礎となって国際社会を前進させる力になっています。同盟はこれまでになく強固になっています。
 良い時も悪い時も、我々は互いのためにあります。5年前を思い出してください。水の壁が日本を圧倒したとき、福島第一原発の原子炉がメルトダウン(炉心溶融)したとき、米国の軍人たちは日本の友人たちを助けるために現場に赴きました。世界中で、米国と日本は結束してアジア太平洋や世界の安全保障を強化し、海賊を退け、疾病と闘い、核の拡散を抑え、紛争地での平和維持に努めてきました。
 今年、真珠湾の近くで、日本は世界最大規模の海上軍事演習に、他の24カ国とともに加わりました。米海軍人の父と日本人の母を持つハリー・ハリス大将が率いる米太平洋軍も参加しました。テネシーなまりなのでわからないでしょうが、ハリーは(神奈川県の)横須賀で生まれました。
 ハリー、あなたの傑出したリーダーシップに感謝しています。
 こうした意味で、私たちが今日この場にいることは政府間だけでなく両国の人々のつながりであり、今日、安倍首相がここにいることは、国家間で、人間同士で何が可能かということを思いおこさせてくれます。戦争は終わらせることができます。最も憎み合った敵同士が、最も強い同盟国になることができるのです。平和の果実は、戦争によって略奪するものよりも常に大きいのです。それがこの神聖な湾が示す不朽の真実です。
 憎しみが最も激しく燃え上がる時、排他主義的な傾向が極まったとき、私たちは内向きに駆られる衝動に抵抗しなければならないのです。異なるものを悪者扱いする考えに立ち向かわなければならないのです。この場所でもたらされた犠牲、戦争の苦しみは、人類全てに共通する神聖な輝きを追求することの大切さを私たちに思いおこさせます。日本の友人たちがいう「お互いのために」という気持ちで努力しなければならないのです。お互いのために。
 それが戦艦ミズーリの艦長、ウィリアム・キャラハンが教えてくれたことです。彼は自らの軍艦が攻撃を受けた後も、戦死した日本人パイロットが軍人としての尊厳をもって安らかに眠れるよう、米国の水兵が縫った日本国旗で遺体を包むように命じたのです。
 そして、何年も後にこの湾を訪れた日本人のパイロットが同じように教えてくれたこともあります。彼は、米海軍のラッパ吹きと親交を深め、頼みました。毎月、葬送ラッパを演奏し、この記念施設に2本のバラを供えて欲しいと。1本は米国人、そしてもう1本は日本人の犠牲者のためです。
 それは、東京で学ぶ米国人であっても、米国で学ぶ若い日本人であっても、両国の人々が日常的に感じることができることなのです。両国の科学者は共同で、がんの謎を解き、気候変動と闘い、宇宙の探査に行きます。マイアミの球場を光り輝かせるイチローのような野球選手もいます。互いの誇りを鼓舞し、米国人と日本人が、平和と友情によってつながっているのです。
 国も、人間も、自分たちが受け継ぐ歴史を選ぶことはできません。でも、歴史から何を学ぶかは、選ぶことができます。
 安倍首相、私は友情に基づいて、あなたを歓迎します。日本国民が常に私を歓迎してくれてきたように。戦争ではなく、平和で勝ち得るものが多く、和解は報復よりも報われるというメッセージを、私たちが一緒に世界へ送りたいと願っています。
 この静かな湾で、私たちは亡くなった方たちに敬意を表すと同時に、両国が友人としてともに勝ち取ったすべてのことに、感謝したいと思います。
 神がとこしえの腕で犠牲者を支えてくださいますように。私たちの退役軍人、そ
して、私たちを守ってくれるすべての人々に神のご加護がありますように。神が私たちすべてを祝福しますように。